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東京高等裁判所 昭和55年(う)1807号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を静岡地方裁判所沼津支部に差し戻す。

理由

〈前略〉

所論は、訴訟手続の法令違反を主張するものであつて、要するに、検察官が「被告人は、昭和四四年六月八日午前一〇時三五分頃静岡県伊東市湯川一丁目二七七番地(当時の地番)国鉄伊東駅前広場において、約三〇〇名の学生がアジア太平洋協議会(略称アスパック)第四回閣僚会議の開催を妨害するため、警備中の警察官に対し共同して害を加える目的をもつて角材を携えて集合した際、長さ約一七〇センチメートル、太さ約四センチメートル角の角材一本を所持して右伊東駅構内から駅前広場に出たときからこれに加わり、もつて兇器を準備して集合したものである。」との公訴事実を立証するため、(1)司法巡査木原勝義作成の捜査差押調書、(2)司法警察員鈴木隆夫作成の写真撮影報告書、(3)同伊藤碩作成の写真撮影報告書、(4)同遠藤晴雄作成の写真撮影報告書、(5)ヘルメット一個(昭和四四年領第六一九号の一)、(6)軍手一双(同領号の二)、(7)タオル一本(同領号の三)、(8)司法警察員大島英悟作成の写真撮影報告書、(9)被告人の司法警察員に対する昭和四四年六月二〇日付、二三日付各供述調書、(10)被告人の検察官に対する同年同月二三日付、二四日付(二通)、二八日付各供述調書に各取調を請求したところ、原審は、昭和五四年七月一三日の第五〇回公判期日において右請求を却下し(以下、原決定ともいう。)、採用取り調べずみのその余の各証拠をもつてしては犯罪の証明が不十分であるとして被告人に対し無罪の言渡をしたのであるが、原審が右証拠調請求を却下した理由とするところは、被告人に対する現行犯逮捕手続(本件公訴事実とは別個の公務執行妨害の被疑事実による。)には現行犯逮捕の要件を欠くという重大な違法があるから、これによつて得られた(1)ないし(8)の各証拠は証拠能力を欠き、また、(9)、(10)は右のような違法逮捕に引き続いてなされた勾留による違法な身柄拘束期間内における被告人の自白であるから、特段の事由のない限り違法拘束の影響がないとはいえないとの推定を受け、その任意性に要点がないものとはいえないから、いずれも証拠に採用し難いというにある。しかしながら、本件現行犯逮捕は、原決定の認定する事実関係を前提としても適法であるが、そもそも原決定は現行犯逮捕手続過程に関し証拠の価値判断を誤つて事実を誤認した結果、本件現行犯逮捕を違法と判断したもので、憲法三三条、刑訴法二一二条の解釈を誤つており、仮に、本件現行犯逮捕に瑕疵があるとしてもそれは軽微というべきであるから、前記(1)ないし(8)の各証拠は証拠能力に欠けるところはないのにこれを否定したのは憲法三五条、刑訴法一条の解釈適用を誤つたものであり、また、(9)、(10)の各証拠(自白)についての原判断は最高裁の判例に違反し、かつ、憲法三八条二項、刑訴法三一九条一項の各規定の解釈を誤つたものであるから、原審の訴訟手続には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令違反があり、原判決は破棄を免れない、というのである。

そこで、原審記録を精査し、当審における事実取調の結果をも参酌して、所論の当否を検討してみるのに、被告人に対する本件現行犯逮捕の経緯は、以下のとおりと認められる。すなわち、関係各証拠を総合すると、被告人は、当時法政大学の学生で中核派に所属し、昭和四四年六月八日午前一〇時二六分ころ、前夜横浜国立大学に集合した中核派学生五〇〇名くらいとともに、静岡県伊東市において開催されるアジア太平洋協議会第四回閣僚会議の開催に抗議する行動に参加するため、国鉄列車を利用して伊東駅に到着し、その後は右学生らとともに伊東市内をデモ行進したのち伊東駅前広場に至つたこと、右広場には同日午後三時前後ころから当日予定された抗議行動を終えた学生、労働組合員らの抗議行動参加者が続々と集合し、同日午後三時三五分ころには伊東駅前東南端の交番付近において警視庁の採証車が一部参加労働組合員らに取り囲まれて移動困難となり、その救出命令を受けて同所に出動した警視庁第五機動隊(以下、五機という。)第三中隊警察官約四三名も参加者から植木を投げつけられ、駅前北側付近に集合していた白ヘルメット着用の学生約二〇〇名ないし三〇〇名の集団からも激しい投石を受け、更には同中隊警察官一名が学生に捕えられて暴行を受けるなどの被害を受けたこと、そこで、同日午後三時三七分ころ静岡県警警備対策本部から「駅前で五機が学生に投石されているので、五機を支援し投石学生の規制・検挙に当たれ。」との指令を受けた警視庁第四機動隊(以下、四機という。)警察官約三五〇名は、四機管理官千代田恒雄指揮のもと、急遽それまで待機していた伊東市竹町・音無交差点付近から駆足で駅前広場に向け出発し、同日午後三時四七分ころ、四機のうち第二大隊第三、第四中隊は、右千代田管理官の塔乗する指揮官車を先頭に南口線駅前広場入口(以下、南口線入口という。)付近に到着し、一旦停止して隊列を整えていたところ、支援すべき五機警察官は既に午後三時四四分ころ右広場から撤退ずみであつたが、右広場には依然として多数の学生・労働組合員が蝟集して広場を埋めており、そのうち自己の部隊の正面にあたる駅前広場の緑地帯南側構内タクシー駐車場(以下、構内タクシー駐車場という。)付近及びその背後方向に位置していた学生集団から直ちに集中的な激しい投石を受けたほか、他方向からの投石も続いたため、右千代田管理官が「検挙前」の命令を発し、これを受けた第三、第四中隊警察官らは、折から湯の花銀座通り駅前広場入口付近に到着していた小池賢六の指揮する四機第一大隊第一、第二中隊警察官と相前後して駅前広場内に進出し、それぞれ投石学生らの検挙に着手したこと、四機第二大隊第三中隊警察官木原勝義は、前記千代田管理官の指揮下にあつて、所属中隊の三列縦隊による隊列の中央付近に位置していたが、南口線入口から三〇ないし四〇メートル手前付近において、前記構内タクシー駐車場付近及びその背後方向から激しい投石を受け、そのうちいくつかの石は自己の着用するヘルメットや所持する盾に命中したが、その際、同巡査は青色、白色、赤色などいろいろの種類のヘルメットを着用の学生ら約四〇名くらいが自隊に向け投石しているのを、いずれもその個体の識別確認はできなかつたものの、その投げている動作を含めて現認し、更に、「検挙前」の命令に従い南口線入口から広場に進出した際、一〇名くらいの学生が背後の駅舎方向に逃げながら投石したのを現認したので、これら投石者を含む学生らの集団(同巡査の原審証言では「投石した小さな集団」とも表現している。)に着目し、右集団を駅前広場に蝟集する学生・労働組合員の中から識別し、これを目で追いながら追跡し、右集団の学生を逮捕しようと考え前進したこと、ところが右学生の中には駅舎出札室方向ばかりでなく、左右方向に散らばつて逃げる者もあつて、同巡査としてはどの方向に逃げる者を追跡すべきか迷い、一瞬ちゆうちよしたため右集団に対する目による追跡は一時中断したものの、結局は意を決して駅舎出札室付近に赴いたところ、同所においては既に同巡査の所属する四機第二大隊の警察官が大盾を用いて約四〇名くらいの学生を包囲捕捉していたので、この学生らは先きに自己において識別し追跡していた学生集団の中の逃げ残りの者で、その中には自己の現認した投石実行犯人も二、三名は含まれているものと判断し、包囲されている学生らを点検したところ、右犯入を識別することはできなかつたが、被告人が白ヘルメット等を着用するデモスタイルの学生で、汚れた軍手をはめていたことから、同日午後三時五五分被告人を現場共謀による公務執行妨害の共同正犯として現行犯逮捕したことを認めることができる。

以上の認定事実によれば、被告人の現行犯逮捕にあたつた木原巡査は、被告人が警察部隊に対し投石の実行行為を行つていることも、また、同巡査のいわゆる「投石した小さな集団」が投石している時点における被告人の動静はもとより、同人が右集団の中にいたことすら現認したわけではなく、同巡査が被告人の存在を覚知したのは同僚警察官が被告人を含む学生を包囲して捕捉した直後の時点であるが、同巡査としては、投石時に右集団の中にいた者は投石行為が明確に覚知されていない者であつても、投石者との間に現場共謀による公務執行妨害の共同正犯が成立するものであり、かつ、右包囲捕捉された学生らは前記「投石した小さな集団」の構成員の一部で、両者の同一性は担保されているものと判断し、被告入を公務執行妨害の共謀共同正犯として現行犯逮捕したものと認められる。いうまでもなく、現行犯逮捕が令状主義の例外として何人でも逮捕状なくして犯人を逮捕することが認められているのは、犯罪の実行行為が逮捕者の目前で行われたため、犯罪の嫌疑と犯人の同一性が明白であることが客観性をもつて担保されていることによるものであるが、ここにいう現行犯人とは、犯罪の実行正犯者に限定されるものではなく、現場共謀による共同正犯者を含むと解すべきことについては、原審も同一の見解を採つており、格別異論のないところと思われる。ただ、実行行為そのものを担当せず、単に現場にいて共謀者として関与したにすぎない者については、実行行為者の外観上明確な犯行と比較して犯罪の嫌疑並びに犯人の明白性が外形的に明らかとはいえない場合があるから、逮捕者において、共謀共同正犯の成立要件である共犯者間の意思連絡などの主観的要素の存否を判定するにあたつては、単に共謀者が犯罪現場にいたということのみならず、現実に行われた犯罪の態様、実行行為者の行為との関連における共謀者の外形的な挙動、その他犯行現場における四囲の具体的状況を総合判断して、いやしくも誤認することのないよう慎重を期すべきは当然のことといわなければならない。そして、このような判断は、逮捕者によつて即時的に行われねばならないから多くの困難を伴うものではあるが、現行犯逮捕の適否は、逮捕時における具体的状況を客観的に考察し、現行犯人と認められる十分な理由があつたかどうかについて、逮捕者の当時における主観的判断の当否を判定することによつて行われるべきものであつて、事後において犯人と認められたか否かによるべきものではない。このような見地に立つて本件を検討してみると、被告人に対する現行犯逮捕は、なお適法性を認めるに足りるものといわなければならない。項を分かつて当裁判所の判断を示せば、以下のとおりである。

1  証拠によると、駅舎出札室付近において被告人を含む学生約四〇名を包囲して捕捉したのは、四機第二大隊所属の警察官檜森兄元、宮沢共一、鈴木英機及び横浜直己を含む警察官らであるが、同人らは南口線入口付近に進出した右第二大隊の最前部又はこれに次ぐ場所に位置し、構内タクシー駐車場付近にあつて右大隊の警察官に対し投石する青ヘルメット着用の学生集団のうち原審共同被告人押川典昭、同木村典成、同内海勇及び同松本方則が投石し、又はその集団の中にいるのを現認し、真後ろに逃走する同人らを追つて一直線に前記出札室付近に至つたところ、逃げ場を失つた学生らが同室前に一塊りになつていたので、これを外側から大盾を用いて包囲したのであるが、その時点において被告人は既に包囲された学生の集団の中にいたことが認められる。被告人は、自分は別の場所で他の警察官によつて逮捕されたのち連行されて右盾の中の集団に入れられたと述べているけれども、被告人を逮捕した木原巡査が右出札室前に到着したのは前記同僚警察官が右包囲を完了した直後であつて、被告人のいうような事態の起こりうる時間的余裕のないことや、木原巡査が逮捕に着手した際、被告人は荷物室寄りの二列目くらいに位置し、前の学生に抱きつき逮捕を拒んだという状況に照らし、被告人の弁解は措信し難い。そして、前記檜森巡査らは、南口線入口付近から十数メートルの距離にある構内タクシー駐車場付近から背走する学生集団を迅速かつ直線的に追跡しており、南口線入口と右出札室との距離は約三八メートルであつて、追跡の間逃走四散する者はあつても右学生集団に新たに入つてくる者があつたとは思われず、また、平静に総括・解散集会に参加し、若しくは列車待ちのためたまたま同所付近にいた、投石集団と無縁の者が巻き添えをくつて警察官によつて包囲されてしまつたというような状況は全く認められないところである。そうすると、右のように包囲捕捉された学生らは、木原巡査が投石を現認した学生を含む集団の一部の者であると認められるから、前記青ヘルメット着用の学生らが構内タクシー駐車場付近において投石している時点において、被告人が右学生らの集団の中に混り、若しくはこれに近接する一定範囲内の場所に位置していたと推認することができるのであつて、木原巡査において自己の現認した投石集団の中に被告人がいたと考えたという判断は正鵠を失するものとはいえない。

2  原決定は、南口線入口付近に進出してきた四機第二大隊に投石したのは青ヘルメット着用の学生集団であると断定し、白ヘルメットを着用していた被告人を右集団とは無縁の者と認めたものと解されるが、青色のみならず、白色を含むいろいろな種類のヘルメットを着用する学生らの投石を現認した旨の木原巡査の原審証言は、千代田恒雄の原審及び当審における証言など関係証拠によつて裏付けられているほか、青ヘルメットの学生の投石状況を現認した前記檜森巡査ら四名の警察官の原審各証言も、青色以外のヘルメット着用者の投石を否定する趣旨とは解されない。すなわち、右警察官らは、第二大隊の最前線にあつて学生らの激しい投石にさらされながら、自己の所持する盾ののぞき穴や盾の上、横から目だけを出して投石状況を目撃し、しかも特定の投石者を検挙すべくその者の挙動に関心を集中していたわけであるから、勢いその視野が狭い範囲に限定され、目を付けた者以外の者の存在や動静を見損い、あるいは記憶するところがないからといつて格別不自然、不合理であるとすることはできない。右警察官らの後方にあつた木原巡査には、おおむねヘルメットの色分けに従つて駅前広場にたむろする学生集団が折り重なつて見えたはずであつて、構内タクシー駐車場付近の方向からの投石者に青ヘルメット着用者のみならず、白ヘルメット着用者をも覚知したという同人の証言は真相を伝えるものとして措信できる。

3  原決定は、当時の駅前の状況に徴すると、各セクト間には機動隊に対する行動方針にも、ヘルメットの色と同じように差異があつたことが窺われるとし、投石行為現認の有無を問わず、同一セクトの構成員若しくはこれと現場共謀の関係にあつた学生集団内にいた者に限つて共犯関係の成立を認めるという見解をとつている。しかし、本件抗議行動に参加した学生らは、規制にあたる警察機動隊を見ればこれに投石等の攻撃を加える志向を有し、相互に支援し合う共同意思のもとに投石行為を反復していたことは、当日の各派学生集団の行動を見れば明らかであつて、所属組織を異にすれば意思連絡は成立しえないとすることはできないから、共犯関係の成立する範囲を原決定のように限定する合理的根拠は見出し難いのである。本件駅前広場における当時の状況からすれば、隣接する複数の組織構成員が入り混つて現場共謀することはむしろ自然な成り行きであつて格別異とするに足りない。ところで、被告人は、投石者として現認されている青ヘルメット着用の学生らの中に混り、若しくはその集団に近接する一定の範囲内の場所にあつて、木原巡査のいわゆる「投石した小さな集団」の中にいたと推認されること、証拠によると、右青ヘルメット着用の学生らは喚声を上げ、ある者は突出して投石してはまた元の集団の中に戻るなど、集団に属するほとんどの者が相呼応して投石している印象を与える状況にあつたことが認められること、被告人は、投石行為をした青ヘルメット着用の学生らとともに右投石現場付近から駅舎出札室付近まで逃走していることが合理的に推認されること、これに前記のような被告人の逮捕時の服装、所持品及び行動等を総合判断すれば、被告人の投石行為自体の有無を問うまでもなく、投石の実行正犯者との間に暗黙のうちに意思相通じて現場共謀したことが明らかといわなければならないのであつて、被告人は共謀共同正犯の罪責を免れない。逮捕者によつて逮捕時に現認された範囲内では、被告人の外形的に明白な挙動は乏しいのであるが、叙上判示に徴し、木原巡査が被告人について公務執行妨害の共同正犯の成立を認めた判断は正当として是認できる。なお、検察官の所論は、駅前広場に蝟集した過激派学生集団構成員は、その所属別を問わず、その全員について現に投石した学生らとの間に現場共謀による共同正犯が成立すると主張するが、その趣旨とするところが叙上説示するところと同旨であればともかく、更に広く共犯関係の成立を認めようとするものであれば賛同し難い。

4  木原巡査の原審証言は、一部に明確を欠くきらいのある部分を含み、また、同人作成の現行犯人逮捕手続書にも後記一部事実に反する記載等も見受けられるが、関係証拠と対比しつつこれを点検吟味してみると、表現方法に的確性を欠くうらみはあつても、同人がことさらに虚偽の事実を述べているものとは思われず、少なくとも叙上判示の事実関係に沿う限度においては措信できるものと認められる。原審は、弁護人の本件は現行犯逮捕に名を借りた無差別大量逮捕の一環であり、これにより別件犯罪の有罪証拠を違法に収集しようとする不当な意図に基づくものであるとの主張に配慮し、慎重な証拠判断を行つたものと思われるが、本件被告人に対する逮捕手続についてみる限り、なお現行犯逮捕の適法要件に欠けるところはないといわなければならないから、ひつきよう、原審は証拠の取捨判断を誤つた結果、適法な現行犯逮捕を違法とする誤りを犯したものというべきである。〈中略〉

してみれば、検察宮請求の本件各証拠の取調請求を却下した原審の訴訟手続には、右各証拠の証拠能力に関する判断を誤つた法令違反がある。そして、証拠調請求の趣旨等によつてうかがわれる右各証拠の内容に徴すれば、これを取り調べることによつて原判決の事実認定に変更を生じうることは明らかである。

よつて、検察官の本件控訴は理由があるから、刑訴法三九七条一項、三七九条により原判決を破棄し、同法四〇〇条本文に従い、更に審理を尽くさせるため、本件を原審である静岡地方裁判所沼津支部に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。

(小松正富 寺澤榮 村田蓮生)

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